読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

セカイ内存在証明

それは多分、単なる思い付き

『楽園追放 -Expelled from Paradise-』は可能性についての物語だった(ネタバレあり感想)

今日『楽園追放 -Expelled from Paradise-』を見てきました。SDカードの都合で写真を取れなかったし、パンフレットも売り切れていたので、忘れないうちに感想を残しておきたいと思います。


『楽園追放 -Expelled from Paradise-』劇場本予告編1 - YouTube

アウトライン

  • あらすじ
  • 感想
    • アニメーション
    • アンジェラ バルザック
    • 設定、ストーリー
    • 結局何が伝えたい話だったんだろう?
  • 最後に

あらすじ

楽園追放 -Expelled from Paradise- - Wikipediaより。

ナノハザードにより廃墟と化した地球。人類の98%は地上と自らの肉体を捨て、データとなって電脳世界「ディーヴァ」で暮らすようになっていた。
西暦2400年現在、その「ディーヴァ」が異変に晒されていた。「フロンティアセッター」と名乗る謎の存在による「ディーヴァ」へのハッキングを地上世界から受け、捜査官アンジェラは生身の身体・マテリアルボディを身にまとい地上世界へと降り立つ。
現地の地上捜査員ディンゴと共に、謎のハッカー「フロンティアセッター」と世界の謎に迫る。

西暦2400年の話だったのか‥‥。事前情報無しで見に行ったからそんなことも知りませんでした。

感想

ネタバレしないように感想を述べる、なんて器用なことがボクにできるはずがありませんので、これから見る予定がある方、ネタバレ嫌いな方はご注意ください。

アニメーション

多分、全編を通してフルCGでカトゥーンレンダリング。別に今時珍しいことじゃないんだけどやっぱ綺麗だな、と思いました。アンジェラの髪なんかはどうしても3Dっぽさが残るんだけど、それ以外はもう手描きでいいじゃないかな、ってくらいに違和感がないです。
改めて日本のカトゥーンレンダリングってすげぇな、って思いました。日本でくらいしか需要がないからなんだろうけど‥‥。

アンジェラ バルザック

他の人も言ってそうな気がするけど、とってもくぎゅうううううなキャラクターでした。
というか、声優が釘宮理恵じゃなかったら一体どうしてたんだろう? 疑問になるくらいは釘宮理恵っていう声に依存してる人格付けです。

釘宮理恵自体の演技力は申し分ないし、別に問題はないんだけど、ディーヴァとリアルワールドに揺れる感情を簡単にツンデレという形にしてしまったのはどうなのかな、と。些細なことなんだけど。

設定、ストーリー

良くも悪くも、よくある話で設定だったと思います。驚くような展開を期待すると拍子抜けするかも。

いや、だってああしなきゃアンジェラとディンゴくっつかないし。

でも、だからといって退屈かというとそんなこともないでしょう。
ロボットの描写はかっこいいし、序盤のフロンティアセッターを追う展開は見ていてかなりワクワクしました。

結局何が伝えたい話だったんだろう?

ここまでは表面的な感想でしたが、ここからは感想というか考察じみたことを書いていきます。

『楽園追放 -Expelled from Paradise-』という物語は私たちに一体何を伝えたかったのでしょうか?

多分、この答えには大きく分けて二つあって、それは、

  • 社会の支配構造への批判(本当の自由とは?)
  • 人間とは、意識とは何か

というものなのではないかと思います。

1つ目はディストピア小説にありがちな、『自由』を謳ってはいるけれども、結局のところ誰かが支配している世界で、それは本当に自由なの? って話。

2つ目はSF小説にありがちな、人間と同じように考えて、行動するように進化したAIとかコンピューターっていうのは、もう人間なんじゃない? って話。

ディストピア小説もSFだとか言われるとそれはその通りかもしれないけど‥‥)

この2つは、直交している——とはいきませんが、互いに独立した話です。しかし『楽園追放』ではそれらを見事に合わせて、

  • 人間の可能性

というテーマを作り出しています。

まず、ディーヴァの人々はメモリを割り当てることで管理され、人間本来が持つ可能性というものをどこかに葬り去ってしまっています。それがディンゴが電脳パーソナリティ化を拒む理由なのではないでしょうか?

そして、フロンティアセッターは、自ら進化を遂げ、人間よりも人間らしくなり、最終的にはジェネシスアーク号に乗って外宇宙へと飛び出していきます。可能性という枠で人間は捉えることができて、その可能性は無限なのだということをフロンティアセッターは示したのかもしれません。

つまり、人間というのは可能性の塊みたいなもので、それを拒むような社会構造はよくないし、ボクたちはその可能性を疑っちゃいけないよね、ということ。

最後に荒野を駆けていくディンゴとアンジェラはどこに向かっていくのでしょうか?

最後に

散々偉そうなこと(偉そうなだけです。偉くありません)を言っておいて難ですし、批判的なこともいくつか言ってますが、ボクはこの『楽園追放』という物語が好きです。

アンジェラはツンデレかわいいし、アーハンはサクラ大戦の甲冑が進化したみたいな感じのビジュアルでかっこよかったです。音楽も、主題歌の『EONIAN -イオニアン-』含め最高でした。

ボクたちは批評家でもないから、アニメなんてわざわざ頭抱えて見なきゃいけないわけじゃない。上に書いたみたいなこと考えて、感じるままに鑑賞できればそれでいいんだろう、と思います。

また『楽園追放』が少なくともボクに衝動的にこの3MB程度の文章を書かせる程度の勢いのある話である、ということも確かです。

というわけで『楽園追放』が面白かったか、否か。と問われれば、ボクはその質問に迷いなくこう答えることができます。

「『楽園追放』面白かったよ。なぁに、気になるなら君も映画館に行って見てくるといいよ」

気取りすぎたかな‥‥。